ケース1 : Webサイトリニューアル

ケースの設定

本ケースは、東京の中堅企業(社員200名規模)の採用サイトリニューアルです。クライアント企業は採用サイトのリニューアルを発注する側、PMが所属するのは制作を請け負う制作会社という関係です。

PMが所属する制作会社の社内には、クリエイティブディレクター、Webデザイナー、Webエンジニアがメンバープールとして揃っており、本ケースの実作業はこのメンバーから担当を当てる前提です。

クライアント企業とは過去に業務委託の人材を派遣していた関係があり、PMはその窓口経由でクライアント企業の採用部門の担当者と面識がありました。ただし制作の依頼を受けるのは今回が初めてです。

依頼が動き出したきっかけは、経営層から「他社と比べて採用サイトが見劣りする」という指摘が入ったことです。担当者からの問い合わせフォーム経由の連絡では、その経営層の指摘があったという事実だけが伝えられ、それ以外の情報は含まれていませんでした。

用語の整理として、本ケースでの実質的な決裁者は経営層、PMが日常的にやり取りする相手はクライアント企業の採用部門の担当者です。担当者は決裁権を持たず、経営層と社内で調整しながら動く窓口の立場です。

事前準備フェーズ

要求定義

問い合わせフォーム経由の連絡を受けて、PMは初回ヒアリングのアポイントを取りました。担当者から共有された情報は経営層の指摘の事実のみであるため、要求定義は実質的にゼロからの組み立てになります。

初回のヒアリングでPMが目指すのは、要求の一次的な輪郭をつかむことです。具体的には、何が困っているのか、何が達成されれば困りごとが解消されるのか、誰が最終的な意思決定をするのか、いつまでに何が必要なのか、といった点です。

初回ヒアリング

オンラインでのヒアリングの場で、担当者から最初に出てきたのは、同業大手の採用サイトの話でした。あの会社のサイトのこういう演出、別の大手のあの動画コンテンツ、さらに別の会社のこういう構成、といったものをひととおり挙げたうえで、それらをすべて取り入れた採用サイトにしたい、という方向性が示されました。

PMはここで、その方向性に乗って制作の話に進みませんでした。代わりに「それは何のためにやるのですか」を、感じが悪くならない程度に、しかし繰り返し問い直しました。同業大手のあの演出は、どの問題を解決するために必要なのか。その演出を入れた結果、自社の何が変わってほしいのか。応募者にどう感じてほしくて、その結果どういう行動を取ってほしいのか。

質問を重ねるほど、担当者の答えがあいまいになっていきました。経営層から見劣りすると言われたという事実はあるものの、その指摘がどの場面で出たのか、経営層が具体的にどの他社を念頭に置いていたのか、担当者自身は把握していませんでした。採用上の現状についても、応募数や採用数、選考プロセスのどこで離脱が起きているのかといった数字は、担当者の手元にすぐには出てきませんでした。

PMが見たのは、要求が一次的な輪郭を持つ前の段階だ、ということです。困りごとの実体が定義されていない状態で制作の話を進めても、何が達成されれば成功なのかを判定する基準が持てません。この状態のまま見積もりを出すのも、工程を組むのも、合理的ではありません。

データ収集の依頼

PMはその場で、次の二点を担当者に依頼しました。一つは、経営層の指摘の背景を確認することです。誰がどの場面でその指摘を出したのか、念頭に置いていた他社はどこか、何を見て見劣りすると感じたのか、を聞いてくる。もう一つは、採用上の現状データの整理です。直近の応募数、採用数、選考プロセスの各段階での通過率や離脱状況、想定している今後の採用人数を、手元の資料から拾ってくる。

そのうえでPMは、こう続けました。これらが揃ったら、もう一度ヒアリングの場を持ち、そこで方向性を決めましょう。今日の段階では金額の話はせず、データが揃ってから改めて見積もりを出します。

担当者からは、むしろ感謝の反応が返ってきました。社内で何をどう整理して経営層に話を持っていくべきか自分でも分かっていなかった、というのが率直な反応でした。PMが踏み込んで聞いたことが、担当者にとっては社内で動くための足場になっていました。

担当者の社内での評価を上げる

クライアントワークでは、担当者の評判や成果を上げることを意識するとプロジェクトは進みやすくなります。金額の承認も後続タスクも、担当者を経由して社内を動かすことになるからです。

本ケースでPMは、上層部に直接会わず、担当者に社長の言葉を確かめてきてもらいました。上層部と直接話を進めて担当者を飛ばしてしまうと、担当者は社内での立ち位置を失い、以後の調整でPMの味方になりにくくなるためです。

担当者が社内で「この件はうまく進んでいる」と評価される状態を作ることを、PMは裏テーマとして持ちます。推進上の判断に迷ったときは、担当者の社内での動きを楽にする方を選ぶと選択肢が絞りやすくなります。

二回目のヒアリング

二週間後、担当者から連絡が入り、二回目のヒアリングの場が持たれました。担当者の手元には、経営層の指摘の背景についての情報と、採用上の現状データの一部が揃っていました。

経営層の指摘の背景については、社長から出た言葉が判明しました。「若い人がうちの採用サイトを見たらダサいと言ってたから、そう言われないようにして」というのが、もとになった発言です。念頭に置かれた他社の特定までは至りませんでしたが、発言そのものは取れていました。

採用上の現状データは、応募数・採用数・選考プロセスの数字までは揃いました。一方で、サイトの解析データ、とりわけ訪問者の属性に関する数値は取れませんでした。社内に解析の運用がなく、過去のログから属性を割り出すこともできない状態でした。

方向性の導出

PMはここで、社長の発言の表面に乗りませんでした。「若い人がダサいと言ってた」という言葉だけを根拠にイケてるサイトを作る、という解釈は、動機としては弱すぎます。経営層がわざわざ採用部門に声をかけてサイトのリニューアルを動かす理由としては、釣り合いが取れていません。

そこでPMは、担当者に経営戦略や事業計画の方向を問いました。中期的に採用方針で何か変わる予定はあるか、新卒と中途の比率について何か議論はあるか、教育体制について話が出ていないか、という方向の質問です。

ここで担当者から、思い出したように出てきた情報がありました。中期計画の議論のなかで、いまは中途採用中心のビジネススキームだが、長い目で見ると教育体制の整備とあわせて新卒採用に力を入れていく、という方針が話に出ていました。担当者の業務は直近のKPIに紐づいていたため、その中期方針は意識の外にありました。

つながりが見えました。社長の発言は、表面的にはダサさへの指摘ですが、その奥には新卒採用の本格化に向けた布石があります。若い人にダサいと言われないサイトという表現は、これから本格的に取りに行く新卒層に向けた採用基盤を整えておきたい、という中期方針の、現場への現れ方の一つです。

PMはこの段階で、提案を組み立てるのに十分な要求の輪郭をつかんだと判断しました。訪問者の属性データが取れないという欠落は残りますが、市場トレンド、新卒採用市場の動向、同業他社の採用サイトの方向性は、公開情報から読み取れます。深追いせず、公開情報ベースで補う方針で進めます。

もやもやセンサーを大事にする

本ケースでPMは、担当者から経営戦略の方向を問うという、難易度の低い経路で真の意図にたどり着きました。実務では、もう少し回り道が必要な場面もあります。

たとえば、市場トレンドや業界の動きから先に仮説を立てて担当者に当てる経路があります。同業界が新卒採用に動いているという外側の情報を持っていれば、担当者から「そういえば中期計画でその話が出ていた」と引き出せることがあります。あるいは、経営層の発言のなかの一語に引っかかって掘る経路もあります。今回でいえば「若い人」という言葉に引っかかり、なぜ若い人の評価を気にするのかを問うていく中で、新卒採用の話に行き着く、という形です。

どの経路をたどるにしても、出発点になるのは「何かが噛み合っていない」という感覚です。表面の言葉と動機の重みが釣り合っていない、ある言葉だけ妙に具体的だ、別の話と比べて温度が違う、といった引っかかりです。これを「もやもやセンサー」と呼びます。

もやもやセンサーが反応したときに、その感覚を流さずに「何が引っかかったのか」を自分に問い直すと、表面の話の奥にある構造が見えてきます。逆に、感覚を無視して目の前の言葉どおりに動くと、表面の指摘に応えるだけのアウトプットになり、本来達成すべき目的を外します。

この感覚は経験で精度が上がりますが、精度の出発点はあくまで「引っかかったら止まる」という習慣です。引っかかった瞬間に質問を一つ挟むだけで、表面の言葉に流される事故の多くは防げます。

この場で握るべきこと

PMはこの二回目のヒアリングの場で、提案に入る前に担当者と握るべきことを二点に絞りました。

一点目は、達成目標です。このプロジェクトで追う達成目標は、採用部門のKPI達成を支援できること、そして会社の中期視点に対し採用部門として貢献できること。この二つを達成目標として置くことにクライアントとして同意できるか、を担当者に確認しました。

この段階では、達成目標は成果物の形では描きません。「Webサイトでこういうコンテンツを出す」という話ではなく、「採用部門としてこういう状態を作りたい」という位置付けで握ります。採用部門のKPI達成には、企画として採用プロセスやコミュニケーション設計に踏み込む余地も含まれることを、そこで明示しました。

二点目は、手段の取り扱いです。担当者が最初に持ち込んだのはWebサイトリニューアルという手段の話でしたが、達成目標を見たときに、Webサイトだけが最適とは限りません。チラシや動画、イベント、採用プロセスそのものへの介入といった、他の手段の方が効く部分もありうるためです。

PMはここを、次のような温度で担当者に伝えました。Webサイトを含む提案は必ず入れます。ただし考えた結果、Webサイト以外の手段の方が達成目標に寄与すると判断した場合は、それもあわせて提案します。予算の中で貢献が最大になる使い方を、こちらで設計して出します、と。

担当者もこの位置付けに同意しました。中期方針とつなげて社内で説明するときに、手段の話より達成目標の話から始めた方が話が通りやすい、という反応も返ってきました。

PMはさらに、提案に入る前に握っておくべき制約条件をこの場で確認しました。予算の規模、希望のリリース日、そして提案しても意味のないこと、つまり社内コンプライアンスやブランドガイドライン上の制約、使えない素材、特別な禁止事項の有無を聞き取ります。これらは提案の検討範囲を規定する枠であり、ここが握れていないと、PMが提案を組み立てたあとで「そもそもそれは予算を超えている」「その日程では間に合わない」という話が出て、ゼロから組み直しになりかねません。

本ケースでは、予算は300万円、希望のリリース日は次年度の新卒採用エントリー開始時期に間に合わせたいという目安が出ました。禁止事項については、特別なものはないという確認が取れました。

ここまでが、要求定義の段階でPMがやるべきことです。達成目標と手段の取り扱い、そして制約条件が握れていれば、提案を組み立てるための足場は揃います。成果物の具体的な姿はこのあと提案として組み立てます。

ここまでの議論を、PMは要求定義の合意文書に起こして担当者に確認を取りました。目的・ゴールの項を二段に分け、言明された目的には「採用サイトの見劣りを解消するリニューアル」と、PMの解釈による目的には「中期方針の新卒採用本格化に向けた採用基盤の整備を、採用部門の枠で先行して進める」と記述しました。両者を混ぜずに並べることで、PMの解釈責任を文書上に残します。

予算超過案を含めた松竹梅

予算を握ることは提案の判断軸として不可欠ですが、企画としては予算を絶対視しすぎないことも、クライアントワークでは基本です。よい企画を出すと「その企画ならもう少し出します」という反応は、実務でわりとよく起きます。予算という枠は、提案の中身を見てからクライアント側で動かされることがある、ということです。

このため、提案を出すときには予算内で収まる案だけを出すのではなく、予算を超過する案も含めた松竹梅で出すのが基本です。予算内でできること、少し超過してもやる価値があること、さらに上を狙うならこちら、という三段階を並べると、クライアント側で「どこまで出す価値があるか」を判断できる状態になります。

もちろん超過案は、それが超過しても推薦したいと言える企画でなければ意味がありません。ただ金額を上げたバージョンではなく、追加された金額に見合う追加の価値が明確に含まれている必要があります。そうでなければ、クライアントも担当者も社内で説明に困ります。

PM術は「決まってしまった予算」に対しては絶対視されますが、企画として提案を組み立てる段階ではその限りではありません。超過案はクライアントを動かしうる余地を解釈した上で設計します。

予算設計

要求定義で予算300万円という枠が握れた段階で、PMは予算設計に進みます。本ケースは指名依頼で予算が明示されているため、基本形の手順を回します。

提示された予算300万円のうち、50パーセントにあたる150万円を利益として確保します。これは不確定要素を吸収するための計画的バッファであり、受注前企画段階で削ることは想定しません。残りの150万円が、企画と制作にあてられる枠です。

この150万円を人日単価5万円で割って、使える総工数は30人日と算出されました。営業日60日のプロジェクト期間に対し、稼働させられるのは30人日。つまり、フルタイム一人を半分の期間張りつけるのと同等の総工数で組み立てる必要があります。

この30人日が、提案を組み立てるうえでの動かせない上限です。企画も、制作も、進行管理も、すべてこの中に収めて成立させることが、提案として組める条件になります。

受注前企画

PMは要求定義と予算設計で握った条件を手元に、提案として出す企画を組み立てる段階に入りました。これはPM術で言う受注前企画にあたります。企画術そのものはPM術では扱いませんが、本ケースではPMが企画段階で何を見て何を判断したかを追います。

二者択一

PMが最初に見たのは、根本的な二者択一の判断でした。

一つ目は、担当者が初回ヒアリングで挙げていた同業大手のサイトの機能や演出を、汎用的な形で一通り揃える方向です。取り入れるべき項目は明確で、制作も見積もりやすく、クライアントとしても「他社と同じようにイケてる」という表面的な見劣りの指摘には応えられます。

二つ目は、機能実装にかける工数を抑え、その分をもっと価値のあるものに振り向ける方向です。こちらは企画として何を重視するかを定める必要があり、制作も提案も手間がかかります。ただし、中期視点での採用部門の貢献という達成目標に対しては、こちらの方が重い貢献を返せる見込みがありました。

PMはこの二者択一を、後者でと意思決定しました。達成目標に照らしたときに貢献が重い方を選ぶ、という判断です。

クリエイティブディレクターへの相談

PMはこの意思決定を踏まえて、社内のクリエイティブディレクターに相談を持ちかけました。中期視点の採用部門貢献という達成目標、300万円の予算、使える総工数30人日、そして機能を最低限に抑えて価値の重いものに振り向ける方針、という状況を伝えました。

クリエイティブディレクターから返ってきたのは、状況を見て取った一つのインサイトでした。要はちゃんとブランディングしようってだけの話じゃない、という見方です。中期的に新卒採用を本格化させるなら、その会社が何を提供し、どう見え、どう伝わるかというブランドの軽重が、採用サイトの偶然の見劣りとして出ている。表面の機能を揃えるより、ブランドの軸をちゃんと作ってそれを採用面に落とし込む方が、本質的に効くだろう、ということです。

PMにとっては、これが企画の軸を見つけるものになりました。機能は最低限に押さえ、意匠、つまりトーンとマナーや見せ方、そして何より採用を含めた中長期視点の打ち出しに作りこみを集中させる。この方針なら、30人日の枠内で、達成目標に対して整合性のとれた提案として組み立てられる見込みが立ちました。

工程設計

企画の方向性が固まり、提案として組み立てられる見込みが立った段階で、PMは工程設計に進みます。本ケースでは、予算設計で算出された30人日を、実作業の工程に落とし込む作業になります。

なお、工程設計のページにあるとおり、工程設計の手順1から3まではPMが独断で行う仮設計です。手順4で担当オブジェクトに問い合わせ、手順5でその結果を反映して本設計に確定させます。本ケースの記述もこの二段の流れに沿って追います。

1 分割の細かさを決める

工程内企画とデザインに作りこみを集中させるという方針上、実作業フェーズを工程内企画・デザイン・実装の三つのフェーズに分割しました。Webサイトの制作物が成果物に含まれるため、実装フェーズも独立して切り出しています。セットアップ・フィニッシング・事後処理はいずれもPM一人で完結する規模に収まるため、総工数30人日の外側のオーバーヘッドとして扱います。

2 後ろからフェーズを決める

本ケースでは、工程内企画→デザイン→実装の順に並べることが成果物の流れから自明であり、逆算で順序を検討する余地はありません。よって、そのまま三フェーズを直列に並べ、各フェーズの仮のINとOUTを置きました。

工程内企画フェーズのINは要求定義で得た情報と公開情報の補完、OUTはデザイン作業に入れるレベルの企画。デザインフェーズのINは工程内企画フェーズのOUT、OUTはデザインカンプ一式とデザイン意図の言語化資料。実装フェーズのINはデザインフェーズのOUT、OUTはクライアントへのソース納品物です。

Web以外の制作物が発生する可能性も残っていますが、その場合はデザインフェーズのOUTに含まれると仮定し、フェーズ分割には反映させません。

3 各フェーズに工数を割り当てる

フェーズの並びが定まったので、粗い見当で総工数30人日を仮に割り振ります。

実装フェーズは5人日。本ケースはクライアントへの納品形態がソース納品で、デプロイ関係の障壁も見えていないため、実装の難易度は標準的です。社内の開発者が担当することを想定すると、過去の類似案件の感覚から5人日程度で収まるという見立てです。

デザインフェーズは15人日。PMの感覚としては、本ケースの企画方針で必要になる制作のボリュームは15人日のレンジに収まりそうだと判断しました。

工程内企画フェーズは残りの10人日としました。

ここまでの仮置きをまとめると次のようになります。

フェーズ仮置き工数備考
工程内企画フェーズ10人日本作業10人日
デザインフェーズ15人日経験ベースの上限見当
実装フェーズ5人日過去の類似案件ベース
合計30人日総工数の枠と一致

4 担当オブジェクトに可能性を問い合わせる

仮設計が出来たら、PMは各オブジェクト(作業者)に問い合わせを行います。仮設計の実現可能性を確認することと、各フェーズのINとOUTの具体を握ることが目的です。問い合わせの中でずれが見つかった場合は、その場で各フェーズの工数や設計を調整し、フェーズを順にFIXさせていきます。

なお、規模によっては一つのフェーズに複数の作業者を充て、それぞれに問い合わせることもありますが、本ケースでは各フェーズの担当者はそれぞれ1名としています。

1 実装フェーズ担当者への問い合わせ

実装フェーズの担当者であるWebエンジニアに概要と方針を伝え、適切なINがあれば5人日で作れるか確認しました。担当者からは、想定どおり5人日で収まるという回答が返ってきました。担当者の過去の実績から見て、この見積もりは誤差の小さいケースです。実装フェーズは5人日でFIXです。

2 デザインフェーズ担当者への問い合わせ

デザインフェーズの担当者であるWebデザイナーに、受注前企画で固めた方針と仮置きの工数を伝えて確認しました。担当者からは次の見込みが返ってきました。おそらくスマホ込みで実質8ページのデザインで足り、その場合は5人日くらい。要件によってページ数が増えた場合でも、経験上10人日を超えることは滅多にない。もう一点、文言のFIXはクライアントの方で納品後に行うよう握ってほしい、というアドバイスもありました。

PMはミニマックスの原則に則り、担当者の返答のレンジ(5人日〜10人日)の上限値を取り、10人日でFIXとしました。仮置きの15人日に対して5人日余る結果になります。あわせて、文言修正の件も契約に含めることを確認しました。

3 工程内企画フェーズ担当者への問い合わせ

工程内企画フェーズの担当者であるクリエイティブディレクターに、これまでの全ての情報を共有しました。PMのクライアントとの今までのやり取りも総合して考えてくれた結果、
「企画の工数は長めにとる、その代わりにデザイン工程に近いアウトプットを先行して制作する」
「Web制作以外は企画のみ提案とし、実際のデザイン作業は、追加金額で受注できた場合だけ作業する」
のはどうか?と提案をしてもらいました。
良い提案と思ったので採用し、その場合の工数は、最大15人日と見積もりをもらい、誤差も小さいと見込めたので15人日でFIXとしました。

5 仮設計を本設計に確定させる

手順4の問い合わせで、各フェーズの工数はすでにFIXしています。ステップ5ではその状態を整理したうえで、各フェーズ内のオブジェクト分割を確定させます。

確定後の各フェーズの工数は次のとおりです。

フェーズ確定工数
工程内企画フェーズ15人日
デザインフェーズ10人日
実装フェーズ5人日
合計30人日

オブジェクト分割の一般原則はオブジェクト指向プロジェクト設計で扱います。本ケースでは、デザインフェーズと実装フェーズは単一の担当者で完結する規模に収まるため、フェーズ=オブジェクトとしてこれ以上の分割は行いません。工程内企画フェーズについては15人日の規模とクリエイティブディレクターの提案を反映して分割を行います。

工程内企画フェーズ内のオブジェクト分割

PMは工程内企画フェーズを二段構成のシングルスレッドとしました。前段が「採用を中心としたブランディングの計画」、後段が「具体的な採用への落とし込み企画」で、前段のOUTを後段のINとして受け渡します。

前段のINは、要求定義で得た情報と公開情報の補完。OUTは、採用ブランディングの方向性をまとめた資料です。本ケースではいきなり全社ブランディングを提案するのではなく、採用部門の枠で先に成立させ、実績が出たら全社へ広げる、という二段の打ち方を選んでいます。いきなり全社規模の話を持ち込むのはクライアントから見て飛躍が大きすぎるためです。

後段のINは、前段のOUTと達成目標。OUTは、デザイン作業に入れる状態の企画資料です。ただし本ケースでは、クリエイティブディレクターの提案を反映し、二つの特色を含めます。一つは、デザイン工程に近いアウトプットを先行して含め、クライアントに完成イメージを具体的に見せられるようにすること。もう一つは、Web以外の手段は企画として提案に含めるが、実際のデザイン作業は松竹梅の「松」に予算超過案として位置づけることです。

クライアントへの提示単位との切り分け

前段と後段は内部の進行管理上は分けて進めますが、クライアントには一つのマイルストンとして提示する判断を取りました。前段だけを先に出しても判断材料として不十分になります。両方をまとめて出した方が、クライアントは中期方針との接続を含めて判断できます。

内部の進行管理単位とクライアントへの説明単位を切り分ける、という運用です。

6 営業日に並べて内部工程表を作る

ここまでの設計が確定したので、オブジェクトを営業日上に並べて内部工程表を作ります。フェーズではなくオブジェクト単位で並べるのは、人日を割り振った上で担当者を充てているのはオブジェクト単位だからです。

本ケースで確定したオブジェクトは四つで、作業順に並べると工程内企画フェーズの前段、工程内企画フェーズの後段、デザインフェーズ、実装フェーズとなります。各オブジェクトの担当者と人日は次のとおりです。

オブジェクト担当者人日
工程内企画フェーズ 前段クリエイティブディレクター10人日
工程内企画フェーズ 後段クリエイティブディレクター5人日
デザインフェーズWebデザイナー10人日
実装フェーズWebエンジニア5人日

これらは不可逆な直列シングルスレッドで、前のオブジェクトのOUTが次のオブジェクトのINになります。担当者が重ならないため、並列させる余地はありません。よって、工程内企画前段の開始日から順に、工程内企画前段10営業日、工程内企画後段5営業日、デザイン10営業日、実装5営業日と、合計30営業日の幅を取ります。

開始日は、リリース希望日である次年度の新卒採用エントリー開始時期から逆算して決めます。30営業日分を逆算して、リリース日より手前に収まる位置に工程内企画前段を置きました。

これで内部工程表が完成しました。

チーム設計

工程設計の手順4で各フェーズに具体的な担当者がすでに当たっているため、本ケースのチーム設計は工程設計の側から半ば完了した形になっています。残るのは、当てた三名についてチーム設計固有の二つの軸で見直すことです。

見積もりについては、三名とも普段から仕事をしているメンバープールから選んでおり、過去の実績がそのまま見積もりになります。Webデザイナーから5人日から10人日のレンジで回答が返った際にPMが上限値の10人日でFIXさせており、ミニマックスの観点での下限保証はここで構造的に効いています。

除外の判断については、三名それぞれについてPMの過去の協業経験から、設計外のOUTを出す傾向がないか、隣接オブジェクトのINを乱す可能性がないかを確認しました。あわせて、三名の担当領域が企画・デザイン・実装と直列に分かれており、設計外のOUTが他オブジェクトのINを乱す構造的余地が小さい編成である点も見て取りました。三名とも除外の必要はないと判断し、この軸は通過しています。

二つの軸の双方を通過したことで、本ケースのチーム設計は成立し、PMは受注に進む判断を取ります。

提案と受注

事前準備フェーズで設計したものは、クライアントに提示して判定を受けないと受注に至りません。本ケースでは、要求定義で握った達成目標と、受注前企画で定めた方針、そして工程設計とチーム設計で利益が出る形にまとめた工程を、提案として組み立て直します。

提案は松竹梅の三案で構成しました。松はWeb以外のデザイン成果物まで含めた総合プロデュース案で、予算超過。竹はWebとブランディングの組み合わせで、予算ぴったり。梅は機能を一通り揃えるだけの当初想定どおりの案で、予算内です。

竹が本命で、松は予算超過の余地を残すための上振れ案、梅は判断軸として並べておくための比較対象です。要求定義のコラムで触れたとおり、超過案も推薦できる中身が入っていなければ意味がないため、松は本気の総合提案として組みました。

結果、クライアントは竹を選び、本受注となりました。担当者と握っていた達成目標と中期方針への接続が、社内での説明をうまく動かしたことが効いた形です。

セットアップフェーズ

本ケースのセットアップフェーズは、型に沿って淡々と進める範囲に収まりました。メンバーの正式確保は社内の慣れたメンバーで構成されているため、稼働コミットの確認だけでキックオフの前提として済ませられました。コミュニケーション基盤の整備は、過去の案件で運用しているチャネルとドキュメント保管場所をそのまま流用できる範囲です。キックオフは、企画方針と達成目標の共有を中心に短時間で済ませました。特筆すべき判断は発生せず、設計したプロジェクトを実作業フェーズへ引き渡す準備が整いました。

実作業フェーズ

工程内企画フェーズ前段

工程内企画フェーズの前段は、クリエイティブディレクターによる採用ブランディングの方向性の取りまとめです。担当工数は10人日で組んでいました。

ここで予期しない上振れが起きました。クリエイティブディレクターが他案件の進行で工数に余裕が出たため、本ケースに割ける時間が想定より厚くなったのです。結果、前段のアウトプットは想定を大きく上回る精度で仕上がりました。

この上振れ自体は、ミニマックス思想の枠の外で起きた幸運です。PM術は予測不可能な上振れを期待値として追わない立場ですが、起きた上振れをどう扱うかは別の問題として、PMが判断します。

工程内企画フェーズ後段とPMによるテーラリング

後段は、前段で固めた方向性を具体的な採用への落とし込み企画に展開する作業です。当初の設計では、クリエイティブディレクターが5人日で、デザイン工程に近い見本程度のアウトプットを先行して作る、という組み立てでした。

しかし前段の精度が上がったことで、PMはここで設計を組み直す判断をしました。前段のアウトプットの厚みに対し、後段で見本程度のものを添えるだけでは、企画全体としての密度が釣り合わなくなります。あわせて、デザインフェーズに渡すINも、見本ではなくしっかり作り込まれた状態で渡せた方が、デザイン工程の負荷が下がります。

そこでPMは、社内の他のデザイナーリソースをアサインし、後段でデザイン工程に近いアウトプットを本格的に作り込む方針に切り替えました。クリエイティブディレクターの担当工数は変えず、追加でデザイナーの工数を後段に投入する形です。

この判断はクライアント向けに提示している工程表には影響を与えません。クライアントから見たマイルストンと納期は変わらず、社内の組み立て方だけが変わっています。型のテーラリングとして、現場で起きた事象に応じて内部設計を組み直した実例です。

客前プレゼン

工程内企画フェーズが想定より早く高精度で仕上がったため、次のデザインフェーズに入るまでに偶発的バッファが生まれました。PMはこの余りを、客前プレゼンの予行演習に充てました。

結果、プレゼン本番は大成功し、戻しもほぼ発生しませんでした。事前に組んでいた戻し対応のための計画的バッファは、ほぼそのまま温存される形で次のフェーズに進みました。

デザインフェーズ

デザインフェーズは、工程内企画フェーズで作り込んだアウトプットをINとして受け取り、デザインカンプ一式とデザイン意図の言語化資料をOUTとして返す工程です。

工程内企画フェーズで作り込みが進んでいたため、Webデザイナーが受け取ったINは想定以上に解像度が高く、作業は順調に進みました。客前への確認はデータ送付で行い、工程内企画段階で完成イメージが共有されていたこともあって、戻しは発生しませんでした。

ここでも、戻し対応用の計画的バッファは消費されずに残りました。

実装フェーズと納品形式の齟齬

実装フェーズは、Webエンジニアがデザインフェーズの成果をソース納品物として組み上げる工程です。担当工数は5人日で組んでいました。

ここで、事前には予測できなかった事象が顕在化しました。クライアント担当者が想定していた納品形式と、クライアントのエンジニア部門が要求する納品形式に食い違いがあったのです。担当者とエンジニア部門の間で要件のすり合わせが事前に取れていなかったことが原因で、PM側からは見えない情報でした。

これは型でいう「OUTが違う」異常の発現です。実装フェーズのOUT定義に含まれる納品形式が、想定と違う形でクライアント側から要求されたためです。要件のすり合わせ不足は外部の事情ですが、PMが見ているのはあくまで実装フェーズのOUTが定義どおりに収まるかどうかであり、その意味で観測上はOUTのずれとして現れます。

本ケースのPMとWebエンジニアはこの種の齟齬が発生しうることを経験的に知っており、対応にも見当がついていました。事前準備フェーズで予算と工数に厚めの計画的バッファを取っていたこと、そして工程内企画とデザインの戻し対応用の計画的バッファと偶発的バッファがともに温存されたままここまで来たことが、対応の余裕を生みました。

PMとエンジニアは慌てずに、エンジニア部門と直接やり取りして要求形式を確認し、納品形式を調整しました。フェーズの骨格は維持できる規模の調整であったため、部分的再設計の範囲で対応し、計画的バッファと偶発的バッファの両方の範囲で吸収できました。計画的バッファを使った分の利益は減りましたが、赤字にはなりませんでした。担当者からは、社内の調整をこちらで巻き取ったことに対して強い感謝の反応が返ってきました。

この一件は、ミニマックス思想で組んだ計画的バッファが想定どおりに機能した実例です。下振れの典型パターンを事前に潰すことができなくても、計画的バッファとして余裕を確保しておくことで、未知の下振れにも応答できます。

フィニッシングフェーズ

成果物の最終確認、クライアントへの納品、契約上のクロージングを順に進めます。定義したOUTと現時点の成果物の照合は、工程内企画段階で完成イメージが固まっていたこと、デザインと実装で戻しが発生していないことから、ほぼ形式的な確認に収まりました。検収は問題なく完了し、契約上のクロージングまで滞りなく進みました。

事後処理フェーズ

請求処理、クライアントとメンバーへのアフターフォロー、振り返り、知見の保管を順に行いました。

このフェーズで特筆すべき出来事が一つ起きています。クライアントから、提案時に松として組んでいたWeb以外のデザイン成果物の追加発注が入ったのです。竹で受注したプロジェクトの成果がクライアント社内で評価され、松の領域にまで予算が動いた形です。

要求定義のコラムで触れたとおり、超過案を組むときは、追加金額に見合う追加価値が明示されていることが条件でした。本ケースでは、その条件を満たす形で松を組んでいたことが、追加発注として結実したことになります。事前準備フェーズの判断が、事後処理フェーズで伏線として回収された実例です。

本ケースのまとめ

本ケースは、事前準備フェーズで丁寧に組んだ設計が、実作業フェーズで起きた上振れと下振れの双方を吸収し、最終的にクライアントから追加発注を引き出すまでに至った例です。

ミニマックス思想で組んだ計画的バッファは、未知の下振れである納品形式の齟齬を吸収する余裕を生みました。一方で、上振れとして起きたクリエイティブディレクターの想定以上のアウトプットは、PMがテーラリングの判断を入れることで、後段の精度向上とデザイン工程の負荷軽減に振り向けられました。型はあくまでテーラーするための素材であり、現場で起きた事象に応じてPMが判断を入れる、というPM術の基本姿勢が、本ケースを通して具体的に確認できます。