ケース1の失敗ルート

ケースの設定

事前にケース1を確認してからご覧ください

ケース1 : Webサイトリニューアル

本ケースは、ケース1と完全に同じ案件設定です。東京の中堅企業(社員200名規模)の採用サイトリニューアル、予算300万円、リリース希望日は次年度の新卒採用エントリー開始時期。経営層から「他社と比べて採用サイトが見劣りする」という指摘が入り、採用部門の担当者から問い合わせフォーム経由で連絡が来た、というところまで同じです。PMの所属する制作会社の編成も、過去の業務委託派遣を通じた担当者との面識も、ケース1と同じです。

違うのはPMの判断だけです。本ケースのPMはPM術を使っていません。決して無能ではなく、クオリティとスピードの両方を重視するタイプで、いいものを作ろうという気概も実力もあります。ただし、クライアントの満足度を重視するあまり、真の要求を聞き出すという動きを取らず、表面に出てきた要求をそのまま受け取って前に進めることに合理性を感じています。

この一点が、案件全体の流れをケース1とは別の方向に運んでいきます。

初回ヒアリング

問い合わせフォーム経由の連絡を受けて、PMは初回ヒアリングのアポイントを取りました。

オンラインのヒアリングの場で、担当者から最初に出てきたのは、同業大手の採用サイトの話でした。あの会社のサイトのこういう演出、別の大手のあの動画コンテンツ、さらに別の会社のこういう構成、といったものをひととおり挙げたうえで、それらをすべて取り入れた採用サイトにしたい、という方向性が示されました。

PMはここで、参考サイトと機能要求がこれだけ具体的に出てくるなら、要求と要件は十分に固まっていると判断しました。あとはこれを実現する方向で、担当者の満足度を上げていくのが筋だ、という見立てです。経験豊富なPMとして、参考が揃った状態のヒアリングは話が早いケースであり、ここで「それは何のためにやるのか」と問い直すのは、むしろ担当者に「面倒なことを聞かれた」と感じさせるリスクの方が大きい、という直感も働きました。

PMは前のめりになり、その場で次々と担当者にヒアリングをかけました。参考サイトの演出のうち、特に取り入れたいのはどれか。機能要求の優先順位はどうか。リリース希望日は、予算は。担当者の手元にある材料を引き出しながら、要件を整理していきました。

担当者の側にも変化が起きていました。実のところ、担当者は上司から言われた指摘の意味があまり分かっておらず、自分が組んだ要求や仮要件にも完全な自信があるわけではありませんでした。しかしPMが具体的な機能や演出に踏み込んで盛り上げてくれたことで、「経験豊富なPMがそう言うなら間違いない、任せてしまおう」という気持ちが固まっていきました。担当者から見れば、専門家に委ねる手応えのある場であり、自分の不安を解消するうえでもありがたい流れでした。

PMは初回ヒアリングの場で、次回の提案を約束しました。データ収集の依頼や二回目のヒアリング設定はせず、提案準備にそのまま入る予定です。

ケース1との分岐点:ケース1ではPMがここで「それは何のためにやるのか」を繰り返し問い直し、データ収集の依頼を出して二回目のヒアリングを設定しました。本ケースではPMが「要求は具体的に固まっている」と判断したことで、その動きが発生しません。担当者は両ケースで同じ状態(自分の仮要件に完全な自信を持っていない)でしたが、PMの問いの有無で、引き出される情報がまったく変わります。

提案準備

PMは初回ヒアリングで取った情報をもとに、提案の準備に入りました。

担当者が出した参考サイトは、いずれも中途社員向けやミドルクラス以上向けの採用サイトでした。クールで高級感のあるトーン、というのが共通項です。PMはこの方向性をデザインの軸として置き、社内のデザイナー向けの依頼書を作成しました。

機能要求の量は多めでしたが、いずれも他社ですでに実装されているものばかりで、使用技術も調べれば把握できます。簡易な作りで割り切れば、予算の中で全機能を実装できる見込みが立ちました。PMは機能の削減は想定せず、「全部を実現する方法を考える」という方向性で、社内のエンジニアチームへの依頼書を作成しました。

チーム編成については、企画は担当者レベルで固まっていると判断していたこと、本ケースの要点はクールで高級感のあるデザインの実現にあると判断していたことから、クリエイティブディレクターは投入しませんでした。クリエイティブディレクターは社内でも高スキル人材で他案件でも忙しく、本ケースに投入するコストパフォーマンスは合わない、という見立てです。代わりに、デザイナーをサブのフロント役、つまりPMの右腕として動かすチーム体制を組みました。

PMはこの段階で、追加のミーティングを設定する必要はないと判断しました。クオリティとスピードを両方重視するタイプとして、提案のクオリティを上げる作業に最速で入る方が合理的です。結果として、担当者の話を直接聞いたのはPMだけになり、他のチームメンバーは、PMから伝えられた要件を真実として、それぞれの責務を全力でこなす体制になりました。

ケース1との分岐点:ケース1ではPMがクリエイティブディレクターに相談を持ちかけ、「要はちゃんとブランディングしようってだけの話じゃない」というインサイトを得て、企画の軸を定めました。本ケースではクリエイティブディレクターを投入しないという判断が先に立ち、企画への踏み込みが起きません。あわせて、ケース1で機能していた「PMの解釈をチーム内で複数の目で検証する」という構造も、ここで失われます。

提案と受注

提案日には、デザインのラフ、機能を全部実装できる見込み、予算と期日に問題がない旨を含む、完成度の高い提案ができあがっていました。

担当者は提案を見て喜び、「問題ないので進めちゃってください。注文書は少し後から届くと思います」と返答しました。社内決裁の手続きは進んでおらず、注文書は後追いで届く流れですが、担当者の側で受注を決定する温度はその場で固まりました。

PMは受注を確信し、実作業の立ち上げに入りました。

ケース1との分岐点:ケース1では松竹梅の三案構成で、竹(予算ぴったりのWeb+ブランディング案)が選ばれました。本ケースは単案構成で、機能をすべて揃えることに集中した提案です。後の追加発注の余地は、この時点で構造的に存在していません。

実作業の立ち上がり

実作業はスムーズに立ち上がりました。

デザイナーはPMから受け取った依頼書をもとに、クールで高級感のあるトーンのカンプを作り込んでいきました。エンジニアチームは、機能要求を全部実装する前提で、設計と先行実装に着手しました。

PMは「全機能を予算内で実装する」という制約を前提に、エンジニア側の進行を急がせる必要がありました。後工程で詰まらないように、デザインの完成を待たずに、機能側を先行して並列で組み立てる進行を組みました。期日と予算の両方を守るための、合理的な進行管理判断です。

各メンバーは自分の責務を全力でこなし、案件は順調に進んでいきました。

中間プレゼン

あらかじめ設定していた、完成版のデザインを見せるマイルストンの日が来ました。

デザイナーから上がってきたカンプは素晴らしい仕上がりで、PMはこれをクライアント側に見せる準備に入りました。プレゼンは対面で設定されており、デザイナーを同席させるかどうかをPMは検討しました。同席させればフォローは厚くなりますが、デザイナーの工数を一日損する形になります。カンプの完成度を考えれば、PMが一人で説明しても問題なく通せる、という判断で、PMは一人でプレゼンに向かいました。

プレゼンの場には、担当者だけでなく、上司である部長も同席していました。

PMは自信を持ってデザインのプレゼンを終えました。しかし、思っていた反応とは違いました。部長が、何やら不思議そうな顔で担当者に視線を合わせ、二人でこそこそと話している様子が見えました。

プレゼンの締めくくりに、部長が口を開きました。「提案ありがとうございました。クオリティは素晴らしいです。しかし、内容についてのフィードバックが担当から後日あると思うので、こちらでもきちんと取りまとめるので少々お待ちください」

その場は、それで解散になりました。

ケース1との分岐点:ケース1ではプレゼン前に客前プレゼンの予行演習を行うバッファがあり、本番でも戻しはほぼ発生しませんでした。本ケースではプレゼンの場で、PMの提案と部長の認識の間にずれが存在することが、初めて表面化します。ただしこの時点では、ずれの中身はPMには見えていません。

FB待機と社内調整

PMはスケジュール上のフィードバック予定日の前日に、状況確認のため担当者に電話しました。

担当者からの返答は、「フィードバックはまだできていないので、明日には間に合わない。今社内で揉めていて、収拾がつきそうにない」というものでした。何が起きているのかをPMが聞いても、担当者自身が完全には把握していないため、要領を得ない説明しか返ってきませんでした。

フィードバックが確定しない以上、後続の作業は止めるしかありません。PMは待機させていたデザイナーとエンジニアに状況を共有し、他の案件を進められる範囲で進めるよう指示しました。

デザイナーの反応は良くありませんでした。フィードバックがいつ来るか分からない不確定状態に置かれたうえに、自信を持って仕上げたカンプが通らない理由も不明、という構造です。

その後、本来のフィードバック予定日を大幅に過ぎてから、担当者から連絡が入りました。

社内で揉めていた理由は、要求の根本的なずれでした。

上層部の立場

経営層と部長のラインで持っていた本来の意図は、ケース1の経路で見えていたものと同じです。中期計画で新卒採用に力を入れていく方針があり、新卒や若い人向けに、モダンで楽しげなフレッシュな採用サイトにしたい。機能は中期計画に対して意味がある範囲で構わない、というのが本筋です。

それを「他社と比べて見劣りする」「イケてるサイトに」という言葉で現場に降ろしていました。上層部は制作の専門家ではないため、これらの言葉が意図と一対一で結びついている保証はなく、むしろわざと大きく解釈の余地を残した形で現場に届けていました。

あわせて、上層部は担当者を制作の専門家として扱う認識を持っていました。要件の細部はむしろ全面委任で、「目的は伝えて、手段は任せる」という委任の構造です。上層部の側に、コミュニケーション不足や手抜きの認識はまったくありませんでした。

担当者の立場

担当者は、上司から「採用サイトをどうにかして」と託された立場です。上層部から制作の専門家として認識されていたものの、担当者自身はその認識ほどの専門性を持っているわけではありませんでした。上層部から降ろされた言葉の真意も、手元で十分には解像度が上がっていません。

本来であればここでPMから問い直しが入って解像度を上げる場面ですが、本ケースではその動きが発生しなかったため、担当者の自信のなさは上の意図とのずれとして残ったまま、現場に流れていきました。

さらにフィードバックの段階に至っても、担当者は本来の要求を完全に理解できる状態には達していませんでした。すでにPMからクオリティの高いデザインの提案を見てしまっており、それに引っ張られている部分があったためです。

社内調整の結果

上層部と担当者、双方の状況がこのように重なった結果、担当者は自分の側で社内調整に踏み切りました。機能面は当初の要求どおり全部実装する方針を維持し、見た目だけを「若い人向けにする」方向で社内に通す、という妥協線です。これが「デザインだけ全面的にやり直してほしい」というフィードバックとしてPMに伝えられました。

ケース1との分岐点:ケース1ではPMが二回目のヒアリングで担当者に「中期方針で何か変わる予定はあるか」と問い、新卒採用本格化の話を引き出しました。本ケースではこの問いが発生しなかったため、同じ情報がPMには届かず、デザインの完成段階まで真の要求が表面化しませんでした。

デザインのやり直し

PMはこのフィードバックをデザイナーに伝えました。デザイナーの反応は強い不満でした。自信作が理由不明で却下されたうえに、やり直しの方向性も明確でない状態で、新しいカンプを作り直さなければなりません。

機能面はすでに先行実装されていました。エンジニアは、当初の依頼書に沿って、全機能を予算内で実装するために設計と実装を並列で進めており、デザインとの接続待ちまで完成している状態でした。

PMはここで判断を迫られました。

選択肢の一つは、機能を整理し直して、本来の要求(中期計画に対して意味がある範囲)に絞る方向です。これを取れば、デザインも機能も整合した形でやり直せますが、エンジニアがすでに作ってしまった機能の多くがサンクコストとして無駄になります。あわせて、機能整理のために担当者と再ヒアリングが必要で、すでに揉めている社内の状況を再びかき回すリスクもあります。

もう一つの選択肢は、機能面はそのまま当初の予定で進め、デザインだけを若い人向けに作り直す方向です。エンジニアの先行実装が活きる形で、機能整理にともなう再ヒアリングも回避できます。

PMは後者を選びました。サンクコストの大きさと、社内をこれ以上揺らさないことの優先度から、合理的な選択です。担当者の社内調整の方向と一致するという意味でも、足並みが揃います。

しかし、工数の確保はギリギリでした。当初の機能要求を全部叶える前提で組んでいたため、デザインのやり直し分の工数はバッファとして取られていません。利益を食い潰すことはほぼ確定の見通しです。

やり直しのデザインは、本来の納品予定日が不可能になることが確定するタイミングで完成しました。クオリティは、当初のカンプと比べて見劣りしました。デザイナーのモチベーションが下がっていたこと、そしてクライアントと制作のどちらもビジョンを曖昧にしか共有できていない状態で作業が進んでいたことが、両側から効いていました。

PMはこのやり直しデザインを担当者に提出しました。クライアントの反応は、「これ以上遅れると、採用開始に間に合わない」という切実な理由でのOKでした。クオリティに対する積極的な評価ではなく、納期の制約から仕方なく通った、という形の合意です。

最終納品

やり直しデザインの実装への接続は、エンジニア側があらかじめ準備していた部分が活きて、スムーズに進みました。ここだけは、当初の進行管理判断(機能を先行して並列で組む)が機能した形です。

しかし、全体としては、当初の納期と工数を大幅に超過した状態での着地となりました。利益はほぼゼロで、納期は本来予定から大幅に遅延しています。

納品自体は完了し、クライアントは採用開始のスケジュールには間に合わせることができました。

事後の影響

本ケースの影響は、案件単体の利益喪失だけでは終わりませんでした。

制作会社は作業者をシェアして複数案件を回しているため、本ケースで工数が大幅に超過したことで、他の案件の進行にも悪影響が出ました。デザイナーとエンジニアの稼働が本ケースに引きずられ、隣接する案件のスケジュールにも遅延が波及しました。

PMから見れば、案件単体としても、社内全体への影響としても、完全に失敗したプロジェクトです。

クライアントの側からの見え方も、芳しいものではありませんでした。納期遅延、デザインのやり直し、その後の調整、という流れは、クライアントの担当者から見れば「最初の提案は良かったが、その後の進行で振り回された」という印象として残ります。「任せられる会社」とは見られず、以降、注文が来ることはありませんでした。

本ケースのまとめ

本ケースのPMは、決して無能ではありません。クオリティとスピードを両方重視し、いいものを作ろうという気概も実力もあり、判断の一つひとつは現場の合理性に沿っています。クライアントの満足度を重視する姿勢、参考が揃った要求は固まっていると見る判断、コストパフォーマンスを考えてクリエイティブディレクターを投入しない判断、サンクコストを踏まえて機能整理を回避する判断、いずれも近視眼的には筋の通った選択です。

それぞれの判断が筋の通ったものであるにもかかわらず、案件全体としては失敗に着地しました。これは、個々の判断が悪かったからではなく、最初の判断(要求を深掘りせず、表面に出てきた要求を固まっていると見たこと)が、後続のすべての判断の前提を規定したからです。

表面の要求を真の要求と扱った時点で、企画への踏み込みは不要になります。企画への踏み込みが不要なら、クリエイティブディレクターの投入も不要になります。クリエイティブディレクターの投入が不要なら、PMの解釈を社内で複数の目で検証する構造も失われます。複数の目が外れた状態で進めば、機能要求を全部叶えるという当初判断は固定され、機能整理という選択肢は実作業のなかでサンクコストの問題として塞がれます。

ひとつの判断の合理性が、次の判断の合理性を呼び込み、芋蔓式に連鎖していきます。各段階のPMは、その時点で最も合理的な判断を取り続けています。だからこそ、途中で挽回するための分岐点が見つかりません。

本ケースが示しているのは、事前準備フェーズで打たれなかった一手は、実作業フェーズでは取り戻せない、という構造です。事前準備フェーズの厚みは、実作業フェーズで起きる事象を吸収する余裕として機能しますが、その厚みは事前準備フェーズの中でしか作れません。

ケース1との分岐点(整理)

本ケースとケース1の分岐は、案件全体を通して複数箇所で発生しています。最後にこれを一覧として整理します。

初回ヒアリング:ケース1ではPMが「それは何のためにやるのか」を問い直し、データ収集の依頼と二回目のヒアリング設定に動きました。本ケースではPMが「要求は固まっている」と判断し、その場で要件整理を済ませました。

提案準備:ケース1ではPMがクリエイティブディレクターに相談し、ブランディングという企画の軸を得ました。本ケースではクリエイティブディレクター不投入を判断し、企画への踏み込みが発生しませんでした。

プレゼン前のバッファ:ケース1では工程内企画フェーズの上振れによって生まれたバッファを、客前プレゼンの予行演習に充てました。本ケースではバッファそのものが存在せず、PMが一人でプレゼンに向かう判断を取りました。

真の要求の表面化のタイミング:ケース1では二回目のヒアリングで、中期方針の話が引き出されました。本ケースではデザイン完成後のフィードバック段階で、初めて真の要求が部分的に表面化しました。

下振れへの対応:ケース1では事前準備フェーズで取った計画的バッファが、未知の下振れ(納品形式の齟齬)を吸収しました。本ケースではバッファが存在せず、サンクコストの圧力から機能整理を回避し、デザインのやり直しのみで対応する判断になりました。

分岐点はこれだけ多くありますが、それぞれが独立した判断ミスではありません。最初の一点(初回ヒアリングで要求を深掘りしなかった)が、後続のすべての分岐の前提を作っていました。