ツナグマデザイン流思考術
どんな仕事にでも使える頭の使い方
コンサル・PM・企画・デザイン制作など、一見すると全く違うジャンルの仕事でも、その多くは同じ思考で進められる、と筆者は考えています。
違って見えるのは、扱う対象や成果物や用語といった表面の部分です。その奥で動いている思考の運びは、ジャンルをまたいである程度共通している、というのがこのページの主張です。
ロジカルシンキングなんてない
主にビジネス啓蒙の界隈で語られる「ロジカルシンキング」には、強い違和感があります。具体的な問題点を三つ挙げます。
※下記は、あくまで筆者の立場からの論評であり、世間で「ロジカルシンキング」と呼ばれているものを包括的に批判する意図ではありません。
問題1:本当は伝達のための道具である
『考える技術・書く技術』や『ロジカル・シンキング』といった原典では、これらは相手に明確に伝えるための構造化の技法として提示されています。ところがビジネス書での流通の過程で、考えるための技術として読まれ、教えられるようになりました。
おそらく、そのほうが市場で受けがよかったのでしょう。けれど、道具の使いどころを取り違えたまま売るのは、誠実とは言えません。
問題2:何をロジカルとするかの基準が無い
論理学・哲学・認知科学といった学術領域に根拠があるわけでもなく、かといって独自の定義を体系化しているわけでもありません。
結果として、ある状況、ある立場で都合のいい思考の運びを、その場でロジカルと呼んでいるだけ、という場面が多く見られます。
例えば「抽象と具体を行き来する」と説かれても、抽象と具体はどう違うのか、どこで行き来するのか、なぜ行き来するとよいのかは示されません。
問題3:役に立たないこと
具体的に行うべき思考の手順が示されていません。
巷のロジカルシンキングの多くは、「こういう構造で考えればロジカルになる」と提示しているように見えますが、実際は「ロジカルだと評価された思考手順を、後から構造として整理したもの」がほとんどです。偶発的に出た結果を、まるで決まった手順から必然的に出たかのように見せているだけです。実際に機能する、再現性のある手法としては成立していません。
論理と発想という分け方もしない
世間では、ロジカルシンキング(垂直思考)と並べてラテラルシンキング(水平思考)や発想法が語られます。「論理は筋道を立てて深く掘り下げる、発想は前提を外して幅広く広げる」というように、両者を別の思考様式として立てて、補完的に使い分ける、という整理です。さらに「クリティカルシンキング(批判的思考)」も並べられることがありますが、これは「本当にそうか」と問う態度のことで、ロジカルやラテラルとは別の層を指しています。同じレベルの分類として並べるには、そもそも軸が揃っていません。
筆者は、これら一連の「論理と発想」型の分け方を採りません。
理由1:分類として成立していない
ロジカルシンキングでは「論理」の定義自体が曖昧で、その曖昧なものの「以外」として置かれる「発想」も対応して曖昧なままです。輪郭の定まらないもの同士を並べても、何と何を分けているのかが定まりません。にもかかわらずこの分け方が広く流通していることで、「思考には論理と発想という二つの様式がある」という前提が無自覚に受け入れられています。
理由2:人間の思考のモデルとして精度が低い
同じひとつの判断の中に、手順を踏めば誰でも辿り着く部分と、人によって違う結果が出る部分が混ざっている、というのが現場で観察される実態です。それを「論理パートと発想パートに切り替わるもの」として描いてしまうと、現場の動きを過度に単純化することになります。
理由3:実用上も分けて扱う意味がない
一般に「ロジカルシンキング」と呼ばれる手順の中には、たいてい、観察から仮説を立てる、複数の選択肢から筋の通る候補を選ぶ、といった、世間で発想とされている動きが織り込まれています。実態として両者が分かちがたく動いているのに、入り口の分類だけ分けても、現場では役に立ちません。
補足:「補完的に使い分ける」という整理について
世間ではこれらを「補完的に使い分ける」と整理することがありますが、もともと同じレベルで並べられないものを別物として立てたあとに、その別物同士を結びつけ直そうとしているにすぎません。最初から分けないほうが、扱う対象に対して素直です。
では、どう思考すればよいか?
ロジカルシンキングも、それとセットで語られる「論理と発想」型の分け方もそのままでは採用しないとしたら、代わりの思考術が必要です。その要件は、ロジカルシンキングへの三つの批判を裏返したものになります。
- 思考のための道具であること
- 何をどう考えるかを定義し、そう考えてよい根拠を示せること
- 実際に役に立つこと
これらの条件を満たす手法があれば、道具として成立しそうです。
その答えとして、筆者は「プロシージャとオラクル」という考え方を提案します。
プロシージャとオラクルとは?
プロシージャとは、主にプログラミングで使う「手順」を意味する言葉です。入力と手順が決まっていれば、誰がやっても同じ結果に至る操作のことを指します。思考術では、手順という考え方を思考に持ち込みます。前提と手順が決まっていれば、誰が動かしても迷わず手を進められて、質の高い答えに安定してたどり着ける思考の運びを、プロシージャと呼びます。出てくる結論まで同じになるわけではありませんが、いい答えにたどり着ける確率を手順で引き上げられる、訓練すれば誰でも迷いなく使えるようになる、という性質を持ちます。
オラクルとは、計算理論で使われる言葉で、中身の手順を問わずに答えを返してくるブラックボックスを指します。直訳すれば「神託」です。思考術でも同じ意味で使います。手順としては追跡できないのに答えが出てくる、という思考の運びを、オラクルと呼びます。本人にも「なぜそう思ったのか」は説明できず、それでも答えは出ている、という性質を持ちます。
大事なのは、二つを別々の思考様式として使い分けないことです。実態としては、思考の流れの大半はプロシージャで進み、その途中に、オラクルの集中点が少しだけ現れる、という形になります。集中点で答えが出れば次に進み、出なければ前提や変数を変えてプロシージャ側をやり直す、というループも組み込めるため、最終的にオラクルに頼る場面は、思っているよりも少なくなります。
三つの条件にどう応えるか
プロシージャとオラクルは、代わりの思考術に求めた三つの条件に、次のように応えます。
思考のための道具であること
プロシージャもオラクルも、相手に伝える形ではなく、考えを進める過程に名前を付けたものです。
何をどう考えるかを定義し、そう考えてよい根拠を示せること
プロシージャは、前提と手順から「何について考えればよいか」を導きます。手順そのものが根拠です。手順には、筆者が何度も再現できた使い方だけを採っています。
オラクルの答えには、根拠がありません。無いものは無いとしたうえで、どこからがオラクルかを示します。
実際に役に立つこと
プロシージャは手順なので、訓練すれば誰でも使えます。オラクルの中身は手順にできませんが、オラクルを出やすくする方法は示せます。
このあとのページ
プロシージャとオラクルを、それぞれのページで掘り下げます。二つは別の技法ではなく、ひとつの思考術の表と裏です。